弁護士永島賢也 2004年4月16日
私は、以前、国語の読解問題に悩まされたことがありました。小林秀雄氏の文章でした。当時の私には、難解で、飛躍が多くほとんど理解不能と思われました。

その作品の中でも、群を抜いて異様な印象を受けたものが、「様々なる意匠」という作品でした。当時の私としては、その題名から何の意味合いも汲み取ることができなかったにもかかわらず、他方で、言葉としては厳然として存在していることに不気味な感じを受けたのです。
彼は、この作品で、雑誌「改造」の懸賞評論の二席に入選し、昭和4年(1929年)9月、文壇にデビューしました。ちなみに、一席は、宮本顕治の「敗北の文学」でした。
まもなく、私は、いわゆる知的財産権と呼ばれるものの中に、意匠権というものがあることを知ります。「様々なる意匠」という題名の上記のような不気味な印象が、私に、意匠権という権利をより深みのあるものに見せました。
小林秀雄氏は、「様々なる意匠」において、次のように述べます。
「遠い昔、人間が意識と共に与えられた言葉という吾々の思索の唯一の武器は、依然として昔ながらの魔術を止めない。」
「人々は、その各自の内面論理を捨てて、言葉本来のすばらしい社会的実践性の海に投身してしまった。人々はこの報酬として生き生きした社会関係を獲得したが、また、罰として、言葉は様々なる意匠として、彼らの法則をもって、彼らの魔術をもって人々を支配するに至ったのである。」
言葉には、魔術性があるといわれます。
裁判は、言葉をによって行われます。
しかし、裁判は魔術性を有してはならないと思います。
裁判で使われる言葉が様々なる意匠として振る舞うことは阻止されなければならないでしょう。
意匠法は、「意匠」を、「物品の形状、模様若しくは色彩又はこれらの結合であって、視覚を通じて美感を起こさせるものをいう」と定義しています(意匠法2条)。
この「美感を起こさせるもの」という部分は、法律用語としては珍しく、感性的な表現といえます。
そのため、「美感を起こさせるもの」という用語を、意匠法の目的や意匠の機能に照らして、できるだけ客観的な意味にとらえようとすればするほど、逆に、「美感」という感性的な表現からは離れて行ってしまいます。
意匠の創作(同法1条)は、特許法における発明と同様に抽象的なものですが、特許法が、自然法則を利用した技術的思想の創作を保護しようとしているのに対し、意匠法は、美感の面からアイデアを把握して、これを保護しようとするもので、いわば、特許法と意匠法とでは、保護の方法を異にするといえます。
特許法とのちがいをいえば、意匠法で保護される意匠は、特許法にいう「産業上」利用することができる発明とは異なり、「工業上」利用することができるものであることを要求します。要するに、工業的生産手段を用いて量産できるものに限定されています。
また、保護される意匠は、特許と同様に新規性を要しますが、公然実施の規定はありません。これは、意匠は外観的に判断されるため、公然実施すれば公知となると考えられるからと思われます。
更に、同一とはいえないものの、類似性の認められる意匠にも新規性が認められません。意匠の新規性の判断は外形的な物品の形状、模様等を比較して行うものですから、全く同一の意匠に限らず類似のものまでその範囲を拡大させたものと説明されています。
国内や外国において公然知られた形状等に基づいて容易に創作できた意匠も登録できません。創作性の高い意匠の創作を促して、それを保護する必要があるからとされています。
そのほか、公衆衛生に関する不登録事由はなく(特許法32条、意匠法5条1号)、出所の混同を生じさせる場合の不登録事由があります(意匠法5条2 号)。
存続期間は、意匠権は登録日から15年(意匠法21条)、特許権は、出願の日から20年です(特許法67条)。もっとも、意匠は、特許発明と異なり、公開された技術に更に他の技術が積み重ねられていくという性質は認められませんので、社会的に一般常識となった技術についていつまでも独占権を与えて技術の発展を阻害するなどという弊害は認められないともいえます。
「美感を起こさせるもの」が、「様々なる意匠」としての言葉の魔術を免れることを期待したいと考えます。
以 上
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