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 債権の仮差押えと保全異議
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弁護士大泉健志 2002年5月28日
 1 はじめに

 昨今の経済状況の下では、債務者が、資金繰りに窮しため取引先に対する買掛金をつい滞納していたところ、知らない間に債権が仮差押されてしまったという事態も生じうるところです。

 しかし、債権の仮差押は、債務者の経済活動に致命的な大打撃を与えるおそれがあります。

 例えば、銀行預金債権について仮差押がなされてしまうと、銀行融資の返済について期限の利益を喪失し、銀行融資の一括返済を迫られるばかりか、新規の銀行融資が全く受けられなくなり、ひいては、倒産に追い込まれてしまうおそれがあります。

 そこで、債権を仮差押されてしまった債務者は、債務者の経済活動に対する打撃を最小限に食い止めるため、不服申立をすることにより、仮差押に対抗する必要があります。 

 今回は、債務者の有する不服申立手段のうち、実務上最も頻繁に使われる保全異議(民事保全法26条)の制度について検討してみたいと思います。


 2 保全異議とは。

 保全異議とは、保全命令の申立を認容する決定がなされた場合、これに不服のある債務者が、保全命令を発した裁判所に対してその保全命令の取消又は変更を求める不服申立ての制度をいいます。


 3 申立の方式

 (1)保全異議の申立をするためには、書面ですることが必要であり、申立書には、当事者の表示などの形式的事項を記載するだけでなく、申立の趣旨及び申立の理由を記載する必要があります。

 (2)まず、申立の趣旨としては、裁判所の保全命令の取消ないし変更を求めること旨を記載することになります。

 たとえば、「債権者と債務者との間の○○裁判所△号債権仮差押命令申立事件について、同裁判所が□月□日にした仮差押決定を取り消すとの裁判を求める」などといった記載をすることになります。

(3)また、申立の理由としては、保全命令の取消ないし変更を求める理由を具体的に記載する必要があり、保全命令がその形式的要件(管轄がないこと等)、実体的要件を欠くこと(被保全権利、保全の必要性がないこと)の他、債権者の担保の額が低すぎる、仮差押え解放金が高すぎる等の事由も申立ての理由とすることができます。

 4 申立権者 

 保全異議は、保全命令に不満がある債務者のための不服申立方法なのですから、債務者自身が申し立てることができるのは勿論ですが、その他にも債務者の相続人や、破産管財人なども保全異議の申立をすることができます。


 5 管轄裁判所

 保全異議事件については、保全命令を発した裁判所が管轄権を有することになります。従って、保全命令を発した裁判官自身が保全異議の審理を担当するということも法律上禁止されておりません。

 しかし、自ら保全命令を発した裁判官が、保全異議事件において保全命令の当否について判断することを認めると、審理の公正さに疑問が生じるのは明らかです。

 従って、保全命令を出した裁判官と違う裁判官が保全異議事件を担当するのが妥当であるということになると考えられます。裁判実務上も同様の処理がなされるのが通常です。


 6 審理

 (1)保全異議の審理において特に着目するべき点としては、まず、当事者に対する手続保障の見地から、口頭弁論又は当事者双方が立ち会うことができる期日を1度は経なければならないとされていることでしょう。

 この点、裁判実務においては、全ての保全異議の期日について債権者、債務者双方審尋がなされるのが一般です。

 当事者に対する手続保障という法の趣旨からすれば、妥当な処理であると思います。

(2)また、当事者に対して攻撃防御の提出期限を明らかにする見地から、保全異議の審理の終結に関しては、裁判所は、相当な猶予期間を置いて審理を終結する日を決定することを要するが、口頭弁論又は双方審尋の期日においては、直ちに審理を終結する旨を宣言することができることとされています。

 現実には、全期日双方審尋で行われているので、裁判所としては、直ちに審理を終結する旨を宣言する場合が多いと考えられます。

 しかし、たとえば、裁判官は審理終結に適していると考えるが、当事者が書証を提出することを希望している等の場合には、相当な猶予期間を置いて審理を終結する場合もあります。


 7 裁判

 まず、保全異議の申立の利益を欠く場合等申立が不適法であると判断した場合には、申立が却下されることになります。

 これに対し、申立が適法であった場合には、保全命令の認可(保全命令を維持)、保全命令の変更(保全命令の実質をかえず内容、方法を変える)保全命令の取消(保全命令を覆す)のいずれかの決定が下されることになります。


 8 終わりに

 以上みてきたように、仮差押命令に対する不服申立手段として保全異議制度があります。

 しかし、裁判官としても被保全権利の存在、保全の必要性につき慎重に判断した上で仮差押命令を出すのが通常であり、保全命令の取消決定を得ることにより、仮差押命令を覆すということは実際にはなかなか難しいようです。

 そうしますと、債務者としては、日頃から債務の返済状況をきちんと把握する、債務額が小さいからといって放置しない、債務の支払が滞った場合には債権者との連絡を密にすることにより債権者との関係を良好に保つなど日頃から債務の管理をきちんとしておくことにより、債権が仮差押されるといった事態を招かないということが一番大事ということになろうかと思います。
                           
参考文献 瀬木比呂志著 民事保全法
山崎潮監修 注釈民事保全法上下

以 上
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